ランニングがストレスになった私が、ウォーキングを続けることにした理由

こんにちは
「ゆるく、長く、続ける」を大切に、くらしと旅を楽しむさくらつみです
「翌朝は走る」
そう決めた日の夜ほど、私は眠りたくなくなりました。
普段なら21時頃には寝るのに、スマートフォンを見続け、気づけば日付を越えている。
早く眠るとそれだけ早く「走らなければならない朝」を迎えるような気がしたからです。
2026年5月、函館旅行で五稜郭公園の外周を走る人を見たことをきっかけに、久しぶりにランニングを再開しました。
最初は前向きに走れていたのですが、次第に「走りたい」より「そろそろ走らないと…」という気持ちが強くなりました。
ところがウォーキングだけをすると決めた日は、ランニングの日よりも外へ出る負担が少なく、自然と「次もまた歩こう」という気持ちが残りました。
そこでようやく、「私が続けたかったのはランニングそのものではなく、無理なく身体を動かす習慣だった」と気が付きました。
この記事では、
- 楽しく再開したランニングが生活を圧迫するほどの負担へ変わった経緯
- 自分にとって「続けられる」と思える運動を選び直すまで
を振り返ります。
函館旅行をきっかけにランニングを再開
五稜郭公園のランナーを見て、また走りたくなった
2026年5月、五稜郭祭に参加するため函館を訪れました。

五稜郭公園を歩いていると、外周を走る人たちの姿が目に留まりました。
五稜郭タワーが見える公園の中を走る様子を見ているうちに、

わたしもこんな景色の中を走ってみたいなぁ
という気持ちが湧いてきたんです。
以前は私もランニングをしていましたが、続けるうちに距離や大会の記録を意識するようになり、いつの間にか走る楽しさから離れていました。
五稜郭公園のランナーを見て思い出したのは、走ることそのものを楽しんでいたころの気持ちです。
続かなければ、それでもいい。まずは久しぶりに走ってみよう。
函館から帰った私は、そんな軽い気持ちでランニングを再開しました。

再開直後は走る楽しさを思い出せた
私は2025年4月ごろからランニングを始め、同年10月の10km大会後もしばらく走っていました。
しかし、次第に走る回数が減り、2026年2月にはランニングから離れていました。
函館旅行から帰った後は、
「とりあえず少しだけ走ってみよう。続かなければ、それでもいい」
という軽い気持ちで再開しました。

現在は主にウォーキングで履いています。
再開初日は休日でした。
距離や時間は決めず、約8.4kmを1時間30分ほどかけて走ったり歩いたり。
久しぶりのランニングでも、身体は思いのほかスイスイと前へ進みました。
風を切る感覚も心地よく、走っていた頃の気持ちがよみがえります。
「この感覚が楽しくて、走っていたんだ」
再開したばかりの頃、ランニングはまだ負担ではなく、純粋に楽しいものでした。
続ける工夫をしても「走らなければ」は消えない
函館旅行をきっかけに再開したランニングを、今回は以前より無理のない方法で続けてみようと考えました。

以前は自分で決めた距離や予定に生活を合わせようとして、走ることが次第に負担になったんですよね…
同じことを繰り返さないため、再開後はその日の生活や身体の状態に合わせられる続け方を試しました。
距離ではなく運動する時間だけ決める
以前走っていた頃は、少しでも距離を伸ばそうと、平日も無理に早起きしていました。
そこで再開後は「何km走る」とは決めず、身体を動かす時間だけを目安にしました。
平日は30〜40分、休日は1時間〜1時間半ほどです。
「走る時間を作る」のではなく、
「今の生活で使える時間の中で身体を動かす」と考え、決めた時間に走れなければ、歩いてもよいことにしました。
おかげで再開直後は以前よりも外へ出やすくなり、生活に無理なく組み込めるこの方法なら、今度は続けていけそうだと感じていました。
走るor歩くかは、その日に決める
走るか歩くかも、事前には決めませんでした。
まずはウェアに着替えて、外へ出る。
そこまでは走る日も歩く日も同じです。
外へ出たら歩き始め、その日の気分や身体の調子を確かめました。
- 身体が軽く、走りたいと感じた日はランニングへ切り替える
- 気持ちが乗らない日や身体が重い日は、そのまま歩く
走るつもりで外へ出ても、思うように身体が動かなければ途中から歩くこともありました。
予定どおりに動くのではなく、その日の自分に合わせて走るか歩くかを決める方法です。
あらかじめ「今日は走る日」と決めるよりも、外へ出るまでの負担は少なくなりました。
それでも歩く日が数日続くと、「そろそろ走らないとなぁ」という気持ちが湧いてきます。
歩いてもよいと決めたはずなのに、心の中ではつい走る方を優先しがちに。
続け方を緩くしたことで外へは出やすくなりましたが、「走らなければ」という義務感までは消えませんでした。
走る予定が朝を迎える負担に…
距離を決めず、走るか歩くかもその日の気分や体調に合わせる。
以前より続け方を緩くしたことで、再開直後は気軽に外へ出られていました。
しかし、数日走らない日が続くと、「そろそろ走らなければ」と考えるようになります。
やがて負担は、走っている時間だけに収まらなくなりました。
翌朝に走ると決めた日は、前夜から気分が重くなり、普段の生活にも影響するようになっていました。
走る予定を考えるだけで気分が重くなる
私はランニングやウォーキングを早朝にしていました。
再開直後は前向きに走れていましたが、しばらくすると、翌朝に走ると決めた日には前夜から気分が重くなるように。

「明日は走ろう」と自分で決めたはずなのに、いつの間にか心の中の言葉は、「明日は走らなければ」に変わっていたんです
朝起きたときにも、最初に浮かぶのは「今日は走る日か」という気持ちです。
走りたいから外へ出るのではなく、決めた予定をこなすために外へ出ようとしていました。
雨などで走れない日は、残念に感じるよりも、ほっとしている自分がいて…。
走らなくてもよい状況になったことで、気持ちが軽くなっていたんです。
走れない日に安心したことで、当時の私には、ランニングが負担になっていたと気づき始めました。
朝を避けるように夜更かし
ランニングへの抵抗は、前夜の過ごし方にも表れました。
普段は21時ごろに寝ていましたが、翌朝に走ると決めた日は、なかなか寝る気になれず。
ベッドに入ってスマートフォンを見続け、気づけば日付を越えていることもありました。
そのときは、早く眠るとそれだけ早く「走らなければならない朝」を迎えるように感じていたんです。
夜更かしした翌朝には身体の重さが残り、そんな過ごし方をした自分にも嫌気が差しました。
ランニングが眠る時間や翌朝の気分にまで影響している。
そこまで生活を圧迫していることに気づき、ランニングにこだわって運動を続ける必要があるのかを考えるようになりました。
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ウォーキングなら無理なく続けられた
走る予定が前夜の過ごし方や翌朝の気分にまで影響するようになり、私はいったんランニングにこだわるのをやめました。
代わりに続けることにしたのは、以前からランニングと並行していたウォーキングです。
すると、すんなり外へ出られるようになりました。
歩く日は外へ出るまでの負担が少ない
走ると決めた日は、前夜から「明日は走らなければ」と考えていました。
一方、ウォーキングだけをすると決めた日は、同じ早朝の運動でも気分の重さが少なく、起きて着替え、外へ出るまでが比較的スムーズでした。

ウォーキングでは距離やペースを決めず、その日の気分や身体の調子に合わせて歩きます。
そのため、朝の運動を「達成しなければならない予定」ではなく、身体を動かすための時間として受け止められました。
気分や体調によって歩けない日もありましたが、
「また明日、のんびり歩こう」と切り替えられ、ランニングを休んだときほど罪悪感は残りませんでした。

‟歩けない日を失敗のように感じず、次の日に気軽に戻れる”
ランニングを続けようとしていた頃には持てなかった感覚でした
歩いた後に「また歩こう」と思えた
ウォーキングは外へ出る前だけでなく、歩き終えた後に残る気持ちもランニングとは違いました。
歩いている間は、仕事や日常生活、次の旅行、ブログについて考えています。
この記事を書いてみようと思ったのも、ウォーキングの途中でした。

歩き終えた後、考えがすべてまとまっていなくても、外へ出る前より気分が少しスッキリとするんです。
休日に長めに歩いた後にも、「次はあの道を歩いてみよう」と考えられました。
ランニングには走り切った達成感がありました。
しかし、当時の私が運動を続けるために優先したかったのは、達成感の大きさではありません。
運動を終えた後に、自然と「またやろう」と思えること。
ウォーキングには、その感覚が残りました。
続ける対象をランニングから運動習慣へ
ウォーキングへ切り替えてからは、ランニングしていた頃よりも、朝を迎える負担が少なくなりました。
そこで気づいたのは、私が続けたかったのはランニングそのものではなく、無理なく身体を動かす習慣だったということです。
ランニングにこだわらず、今の自分が繰り返しやすい方法を選ぶ。
私にとってウォーキングへ変えることは、運動を諦めるのではなく、運動を続ける方法を選び直すことでした。
走るのをやめても、運動までやめる必要はなかった
函館旅行をきっかけに再開したランニングだったため、やめることには迷いがありました。

五稜郭公園のランナーを見て、もう一度走りたいと思ったのに結局また続けられなかった…
自分を責めそうにもなりましたが、今回は何も試さずにやめたわけではありません。
- 距離を決めず、使える時間の中で身体を動かす
- 走るか歩くかも、その日の気分や体調に合わせる
続けるための方法を試しても、「走らなければ」という義務感と、生活への負担は残りました。
それなら、さらに頑張ってランニングを続けるのではなく、運動の方法そのものを変える。
そう考えたとき、ランニングをやめることと、身体を動かす習慣まで手放すことは別だと気づきました。
続ける目的を「走り続けること」から、
「無理なく身体を動かすこと」へ変えれば、ランニングにこだわる必要はありません。
私にとって再開してからの約2カ月は無駄な時間ではなく、自分に合う続け方を確かめる時間になりました。
今は歩ける日に、歩ける時間だけ歩く
現在は距離を決めずにウォーキングを続けています。
平日は30〜40分、休日は1時間ほど歩くことが多いものの、ひとつの目安と捉えています。
疲れている日は早めに切り上げ、気分が乗らない日は休む。
身体が軽く、もう少し歩きたい日は、予定より長く歩くこともあります。
‟歩ける日に、その日に使える時間だけ歩く”
このくらい余白を残した方が、今の私には続けやすいと分かりました。
歩けなかった日も失敗にはせず、生活に無理なく組み込める範囲で続けます。

今も履いているシューズ
ランニングを再開したときから履いていた[ニューバランス「Fresh Foam X 880 v15」]を、ウォーキングへ切り替えた現在も使っています。
シューズを替えたから運動を続けられたわけではありませんが、実際に使っている商品を確認したい方は、こちらから商品情報を見られます。
歩く時間は身体を動かすだけでなく、仕事やブログについて考えたり、道沿いの景色から季節の変化を感じたりする時間にもなっています。
将来、自然とまた走りたいと感じる日が来たら、そのときにランニングとの付き合い方を改めて考えます。

今は無理に走ることへ戻らず、「また歩こう」と思えるウォーキングを続けることにしました
まとめ|「またやろう」と思える運動を選ぶ
この記事では、「楽しく再開したランニングが生活を圧迫するほどの負担へ変わった経緯」と「自分にとって「続けられる」と思える運動を選び直すまで」をお話しました。
函館旅行をきっかけに再開したランニングは、最初から嫌だったわけではありません。
それでも次第に「走りたい」よりも‟「走らなければ」”という気持ちが強くなってしまいました。
一方ウォーキングだけをすると決めた日は、ランニングの日よりも外へ出る負担が少なく、歩けない日にも「また明日歩こう」と切り替えられました。
この経験から気づいたのは、頑張ったと思える運動より、終わった後に「またやろう」と思える運動を選ぶのが大切、だということ。
ランニングを再開して過ごした約2カ月は、今の自分に合う方法を確かめる時間になりました。
走ることが負担になっているなら、無理に以前の自分へ戻らなくてもいい。
今の自分が「またやろう」と思える方法へ変えることも、運動を続ける一つの選択です。





