【史跡巡り記】上田城下町、赤松小三郎ゆかりの地&旧北国街道を巡る旅5|上田城址公園を巡る!

上田市と言えば、歴史好きな人を問わず真っ先に思う浮かべるのは上田城。
現在は「上田城址公園」として整備され、多くの人々が訪れる観光スポットの1つです。
かつてのお城の遺構を存分に味わえる、そんな上田城址公園ですが、見どころはそれだけではありません。
園内を少し歩けば、上田地域に関する様々な歴史を学べる博物館、上田にゆかりのある人物の顕彰碑、戊辰戦争以後の戦死者を弔う神社などがあるのです。
今回は、定番スポットの陰に隠れがちな、博物館や顕彰碑・神社を中心に、上田城址公園を巡って行きます。
ちょっとディープな上田城址公園の巡り方に興味ある方、必見だよ!


このエリアで巡ったスポット
上田市立博物館【滞在時間:1時間(本館+別館)】
博物館の外観・様子
上田市立博物館は上田城址公園内、二の丸橋から入って右側にあります。
二の丸橋入口から近く、案内標識も出ているのでとても分かりやすいですよ。

私が訪れたときは、真田氏をはじめ歴代藩主の甲冑が展示されていて、その案内看板も設置されていました。

案内に沿って園内を進むと、大きな建物が。
こちらが上田市立博物館の本館になります。

本館入口。
上田市立博物館は本館と、すぐ近くに別館があります。
本館では主に上田地域の中世以降の歴史・民族・自然資料などが展示され、別館は真田氏関係の史料を中心に展示されています。
観覧券は本館・別館共通なので、ご安心を!

本館入口の前には開館時間のほか、「100名城スタンプ」や「御城印」「御朱印」の入手場所が案内されていました。
めちゃくちゃ親切設計。
見た限りだと、上田城址公園の敷地内にある施設か、すぐ近くの上田市観光会館で手に入るみたい

ではでは、さっそく入館し観覧券を購入、展示品を見て行きましょう。
ちなみに、お支払いは現金のみですのでご注意ください。
本館の展示品
本館の展示室は1階と2階があります。
基本的に展示品の説明書きに「写真OK」のアイコンがあれば写真撮影可能になっています。
撮影可能でもフラッシュ禁止な展示品もありますから、カメラの設定は要チェックですよ!(アイコン表記アリ)
私の体感的に、撮影できる展示品はかなり多いように感じました。
資料館や博物館によっては一切ダメなところもありますから、これはうれしい計らい。
ただし、ありすぎても困るよね。史跡巡ラーあるある、1人撮影大会が始まっちゃうんだから。
歴代藩主所用の具足
案内看板にあったように、歴代藩主の甲冑がかなり展示されていました。しかも、ほとんど撮影OKという好待遇。
葵の御紋が鮮やかな甲冑や、元服してから初めて着る御着始具足なんかも展示されていて、思わず他の甲冑と行き来して見比べてしまいました。
サイズが小さくて可愛かった。
こんなに甲冑を見比べることなんてなかったですけど、デザインや装飾が全然違っていて見ていて楽しいですね。
共通して言えることは、めちゃくちゃ重そうってこと(笑)。
幕末関係の展示品
幕末の展示品も充実のラインナップ。時代柄、洋式な物品が多い印象でした。
江戸後期から幕末期にかけて製造された大砲の模型や、坂本龍馬が所持していたものと同型の米スミス&ウェッソン社製の六連発回転式拳銃も見ることができました。
拳銃って思ったよりも大きいですよね。私じゃ重くて片手打ちは無理かな・・・。
一番目を引いたのが、戊辰戦争の時に上田藩兵が実際に着用した洋式兵服。
襟のデザインが白黒の縞柄になっていて、とってもおしゃれなんです。普通のファッション服じゃないんだから(笑)。
赤松小三郎関係の展示品
赤松さん関係の展示品も充実していました。
肖像写真や佩刀、手紙、そして赤松小三郎が翻訳に関わった兵国歩兵練法の本などなど。
こちらの展示は写真撮影ができなかったの、展示品が掲載された図録を購入しました。
その他にも、時代を問わず歴代藩主の日誌や刀、羽織や掛軸など、本当に色々展示してありました。
1時間でも結構駆け足になっちゃったよ!時間に余裕をもって行くのがオススメ

続いて、別館の展示を見に行きましょう。
別館の外観

別館は本館のすぐそばにあります。

こんな感じで、案内板もしっかり出ているので迷うことはないです。
観覧券は本館・別館共通ですが、入館時に観覧券を職員の方に提示する必要がありますので、手元にしっかり用意して行きましょう。

いざ、参る!
別館の展示品
別館も本館同様1階と2階にそれぞれ展示スペースがあり、1階が上田地域の古代関係の展示品、2階が真田氏関係の展示品と別れていました。
職員さんに観覧券を見せてから、順当にまずは1階の展示品から。
古代関係の展示品
入口入って右側に古代関係、主に化石や鉱石などの収集物がズラーッと展示されていました。
特に凄かったのが「宮下コレクション」。
上田出身のアマチュア鉱物学者・宮下安意さんが寄贈した鉱石類なのですが、量が半端ない。
50年に渡って収集した数、およそ1,645点!

流石に展示されていたのはほんの一部でしたが、どれも形や模様が変わっていて、角度を変えて見たり。ここまで石をじっくり見る機会ってないかも、なんて思っちゃいました。
お次は、真田氏関係の展示品を見に2階へ上がります。
真田氏関係の展示品
1階に比べて2階のほうが展示スペースは広く、内容も充実していました。
真田家の出自から始まり、当時の書簡や真田藩主らが身に着けていた具足、上田合戦の戦図などなど。
真田一色で、ファンにはたまらない展示スペースです。
本丸堀から採集された瓦も展示されていたんですが、テレビ番組の企画「緊急SOS池の水を全部抜く作戦」で上田城本丸堀の水を抜いた際に発見したものなんだとか。
横にその時撮影された写真も展示されていて、ココリコの田中さんやロンブーの淳さんが映った写真が飾ってありました。
テレビパワー恐るべし。
本館と別館で、滞在時間は約1時間ほど。
時刻が夕方近いこともあり、駆け足気味になってしまいましたが、お客さんが少なかったので自分のペースで見て回れました。
博物館とか史料館て、いくら時間があっても足りないですよねー。

本館に戻り、通常展示の図録を含めて5冊の刊行物を購入しました。
郵送販売でも購入できますので、気になる方は上田市立博物館の公式サイトをチェックしてみてください。
上田市立博物館の詳細情報・地図
住所 | 〒386-0026 長野県上田市二の丸3番3号(上田城跡公園内) |
開館時間 | 午前9時から午後5時 (ただし入館は午後4時30分まで) |
休館日 | 毎週水曜日 祝日の翌日 祝日が水曜日に当たるときはその翌日 12月29日~翌年1月3日 |
注意 | その他臨時に休館・開館することがあります |
関連サイト | 上田市立博物館公式サイト「上田市立博物館」 |
ローカルCMでお馴染み!山極勝三郎の碑

博物館別館のすぐ隣に山極勝三郎の碑が立っていたのに気が付き、思わずパシャリ。

「癌出来つ 意気昂然と 二歩三歩」
この一句で「ハッ」としたそこのキミ!正真正銘の長野県民だな!

長野県のローカルCM・寿製薬のCMで、この一句と共に紹介されているのが山極勝三郎。
人口癌実験に初めて成功した人物なのですが、上田藩士山本氏の生まれなんです。
子供の頃から散々CMで聞いていたので、句と名前だけは脳内に刷り込まれていました。上田出身の方だとは知らなかったなぁ。
ちなみに、先ほど巡った上田市立博物館の本館1階には、山極勝三郎の展示ゾーンもありました。博物館に訪れた際には是非観覧してみてください。
山極勝三郎の碑の地図
上田城の遺構
園内はまるっと上田城の中にありますから、何気なく歩いているだけで、そこここにお城の遺構が顔を覗かせます。

堀沿いを歩いていると出くわしたのが、本丸土塁の隅欠。

解説板によると、これは鬼門を除くために切り込みをいれたもので、切り込みの両角には櫓が設置されていました。
上田城から見た鬼門の方角、東北にあたる部分は、二の丸堀もかぎの手に折り曲げているそうです。
鬼門対策、かなり徹底してますね。
贈従五位赤松小三郎君之碑
隅欠の堀を左手に少し歩くと、赤松小三郎の記念碑が立っています。

碑の前には赤松小三郎の解説板が設置されています。

公園内には赤松小三郎記念館があるため、その案内板もセットになっていました。
赤松小三郎記念館は1月~3月の間は休館中だから注意してね!


昭和17年6月7日に除幕式が行われた記念碑。赤松小三郎の門弟であった東郷平八郎が揮毫したものです。
赤松小三郎は大正13年〔1923〕に従五位が追贈されました。

こちらが碑の裏側。
赤松小三郎の略伝が書かれていますが、どうやら事実と異なる箇所も複数見受けられるようです。
さらに、赤松小三郎を暗殺した薩摩藩士・桐野利秋の名前も書かれています。
彼らにも様々な事情や考えがあったのでしょうが、複雑な気持ちになりますよね・・・。
しばし碑の前で感傷的になりつつ、せっかくなので赤松小三郎記念館のある上田招魂社にも足を運んでみることにしました。
贈従五位赤松小三郎君之碑の地図
上田招魂社と赤松小三郎記念館【滞在時間:20分】
神社の境内
赤松小三郎の碑から園内奥に少し歩くと、赤松小三郎記念館の看板と神社の鳥居を発見。


だいぶ日が傾いてきました。寒さも相まって、公園内や神社内も人はまばらです。
誰も居ない神社ってちょっと不気味だなって思ってしまいます。罰当たりかなぁ。

ええい、ここまで来て何を言っているんだ!と気持ちを奮い立たせて、そろそろと中にお邪魔します。

社殿入ってすぐのところ置かれた上田招魂社の由緒書きによると、戊辰戦争以後から太平洋戦争にかけて戦死された方々を弔う目的で造られた神社とのこと。
この由緒書きを見た後、入口近くに置かれていたカエルの石像に目がいきました。

なんで神社にカエルの石像が?と不思議に思いましたが、先ほどの由緒書きと横に立っている石柱の文を見て納得。

「祖国の土に帰る(カエル)」
戦争のために異国で亡くなった方への弔いの意味が込められているんですね。

境内の左には手水舎。

右側には陽光桜が植えられています。

太平洋戦争中、戦地に送り出し亡くなってしまった教え子を想った教師・高岡正明が、平和の想いを託して新品種開発して作った桜です。
平成27年には高岡正明を題材にした映画も公開されているそうです。
この桜の奥にある石碑がもう・・・。


由来書きが読み取れなかったのですが、碑文だけで心にグッときてしまいました。
これは心を込めてお参りせねばと思い、本殿の方へと進みます。
神社の本殿と社務所

コンパクト目な本殿ながら、幕も建物もとても綺麗。

柱に小さな屋根がついていて、ちょっとかわいいなと思ってパシャリ。
これも名前の付いた作りなんでしょうかね。
とにもかくにも、お賽銭箱に小銭を収め、きっちり手を合わせました。
今の私に出来ることはこれくらいですけど、合掌。

本殿の右隣に小さい建物が繋がっていて、こちらが社務所。神主さんがいる時は御朱印もいただけるみたいです。
赤松小三郎記念館も兼ねているようで、中には人の気配が。
今は冬季閉館中なので、先ほどの赤松小三郎講座開催に関わった方々が集まっていたのかしら?
本殿の横にはひと際目を引く大きな石碑が立っていたので、吸い寄せられるようにそちらへ。

碑文あるある。何が書いてあるのかさっぱり読み取れない問題。
しかし心配ご無用。石碑の横には碑文の内容と、現代語訳まで書いてくれていました。

碑の揮毫は乃木希典。
長府藩の生まれで、日露戦争では旅順攻囲戦の指揮を執った軍人。昭和天皇の養育係も務めた人物です。
口語訳によると、この記念碑は日露戦争に従軍した小県郡の人々のために建てられたのだそうです。

こうして境内をぐるりと見渡すと、招魂社だけあって、そういった類の石碑が沢山ありますね。
今まで巡った寺社仏閣とはまた少し違った空気感に、自然と背筋がピンと伸びる思いです。

入った時は「不気味」とか、バチ当たりなこと言ってなかった?

う・・・言ってました。ごめんなさい
赤松小三郎の経歴パネル
境内の右端には、赤松小三郎の経歴を描いたパネルが置かれています。


こちらのパネルは、私が赤松小三郎を知るきっかけになったものなんです。
去年の春、上田城址公園に桜を見に来た時にフラッと立ち寄ったこの上田招魂社。
何気なくパネルに目を通してみたらビックリ。薩摩藩だの会津藩だの、幕末ワード満載じゃないか!と目をむいてしまいました。
まさか奥に記念館があることすら知らず。しかも時期的に開館していたと思います。今思えば惜しいことをしたね、自分よ・・・。
そんなこんなで、信州ゆかりの幕末人に興味を持つきっかけをくれた赤松さんは、私にとって特別な人物なのです。
今年は必ず記念館、行くからね!

本日の史跡巡りのフィナーレを飾るにはピッタリの場所でした。
上田招魂社と赤松小三郎記念館の地図
まとめ
上田城下町、赤松小三郎ゆかりの地&旧北国街道を巡る旅。
全5回に渡ってお届けしてきましたが、いかがでしたでしょうか。
今日1日、上田城下町を思う存分巡ってきて、上田の町について多くを知ることができました。
古くから歴史が築かれた上田という土地。実際にその足で歩いたからこそ、新鮮な気持ちでその歴史を体感することができたのではないでしょうか。
これが史跡巡りの醍醐味、ですよね!

何より赤松小三郎さん。マイナーな赤松小三郎さんを、どうかよろしくお願いします!

選挙演説かな?
赤松小三郎講座は、2月・3月にも月1回開催予定です。(赤松小三郎顕彰会公式サイト)
私も講座に参加する予定なので、ご興味ある方は是非足を運んでみてください。ちなみに受講料は無料、申し込み不要ですよ。
この旅行記で上田の史跡巡りに興味を持っていただけたら嬉しいです!
では、今回の旅はこの辺で。
またどこかの史跡巡りの旅でお会いしましょう!